jiiji1941’s diary

日本の1960年末から80年代の奇跡、2000年代の奇跡の記録。

遺書ー16

私の遺書ー16 <バス転落事故のその後>-11/<第二章 愛の山>-4

参照
https://jiiji1941.at.webry.info/201905/article_14.html



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2011-07-10 <バス転落事故のその後>-11/<第二章 愛の山>-4
■<第二章 愛の山>-4 07:54

一同は期待と不安の入り混じった眼差しで、その人物を見つめ息を詰めて彼の言葉を待っていた。だが沈黙は一分、二分と続いた。堪え切れぬというように、学校保健医の五十嵐博が質問を浴びせかけた。
ーー私は、いや我々は本当に死んだんですか!
ーー俺はバスと一緒にころがっている自分の死体をちゃんとこの眼で見たし、自分の葬式だって見ているが・・・・死んだとはどうしても思えないね。
と日雇の山崎忠吉がボソボソと言った。
ーーお言葉ですがねえ、私は自分の葬式なんぞ見た覚えがないんですがねえ。
ニヤニヤしながら言葉をはさんだのは、氏名不詳の一見紳士風の中年男だった。
突然、やはり氏名不詳のヤクザ風の男が立ち上がり、凄みの利いた声で一喝した。
ーー手前ら、黙って聞いていればさっきから何をグダグダほざいてやがるんだ! こちら様が説明に来られたんじゃねえか! 黙って聞いたらどうだ。
白装束の人物は、かすかに苦笑すると、もの静かな口調で話しはじめた。
ーー恐らく、あなた方のほとんど大部分は、自分が本当に死んだのかどうか判断をつけかねている。五体も少しも変わらないし、見たところ、この世界の様子も人間界とたいして変わらない。自分は死んだのではなかった、と思いたがっている。無理にでも信じたがっている。だが、あなた方自身が体験し、目撃し、記憶しているように、あなた方はバス転落事故で死んだのだ。そして、数十日間人間界にとどまった後、お迎えの導きによってこの精霊界へ旅立って来たのだ。まだ信じられない人がいるようだから、念の為にそっちの端から一人一人バスが転落した時の自分の状態を記憶しているままに他の皆さんにも説明しなさい。ここでは人間界と違って一言のうそもつけない。では大岩君から始めなさい。
高校生の大岩宗勝は大きく息を整えながらやがてぽつぽつ語り始めた。」
 すみませんね。話の順序が後先になって。実はこういうわけで先程の話がされたのです。
 由美はこの話を信じますか。お父さんは事実だと思っています。

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2011-07-12 <バス転落事故のその後>-11/<第二章 愛の山>-5
■<第二章 愛の山>-5 17:11

由美に言いたい事は、これから、五年、十年、何十年の間には、地震とか洪水とか、戦争とか何か大変な事が起きるかもしれないけれど、死ぬという事がどんなものなのかを知っておけば、怖くない、という事です。
 では、あの世であの高校生達がどうなったかの話をつづけましょう。先程のデイスカッションが続き一人一人が死んだ時の様子を話しました。全部は書き切れないので、代表的な人の話を書いておきます。
 ページ97 恋人と一緒に死んだ女性の死の体験ーー佐多千鶴子の場合ーー
 美良布町の野村時枝が今日も仕事を探しにやって来た。同僚の所員は彼女が”未婚の母”ということで冷笑するばかりで、本気になって応対しないから、自分が窓口に出た。乳幼児を抱えて本当に大変だと思った。いろいろ捜してみたが、適当な口が無かったので、一週間後にまた来るように言ったら、途方に暮れたような顔をしていた。やがて退所時間になり、これから美良布神社で荒井潔さんに逢えるかと思うと、思わず顔がほころんできてしまった。あわてて周りを見廻したが、誰にもみとがめられなかったようなのでホッとした。今日はわざわざ彼がよく似合うとほめてくれた花柄のワンピースを着ていた。ちょっと心配なのは、親同志が勝手に決めたのに許婚者(いいなづけ)のつもりでいる鉄道員松木耕策と境内でバッタリ逢いはしないかということだ。松木耕作からもしつこく神祭に行こうと誘われたのを残業があるからと断っているからだ。
 バスに乗ると奥の席に野村時枝が赤ん坊を抱いて座っており、自分を認めると深々とおじぎをしたので、ちょっとバツが悪かった。しばらく走ると、大勢の人間が停まったバスの周りに集まっていた。どうやら先発のバスが故障したらしい。次々と乗り込んでくる乗客の中に荒井さんがいたのにはびっくりした。彼も自分をみつけて、近付いて来ようとしたが、超満員でとても無理なようすだった。いいからそのままいて、と言おうとしたら、乗降口の方で自分の名前を呼ぶ人間がいた。ハッとして見ると、松木耕策だった。気付かないふりをしていると、何度も大声で呼ぶ。しかも呆れたことに夫気取りなのか自分の名前を呼び捨てにしている。すぐにバスが動き出したので、エンジン音に掻き消されて助かったけれど、赤面してしまった。それより荒井さんがどう思うかと考えると、気持がふさいでしまった。カーブに差しかかったあたりで、乗降口の方にいた酔っぱらいらしい男がからかい半分に自分の名前を呼び、続いて周囲の乗客たちがどっと哄笑するのが聞こえてきた。身の縮まる思いで目をつむった途端、次のカーブに差しかかったらしく、急に体が左に大きく傾いた。次の瞬間、誰かの悲鳴が聞こえ、自分の体も激しく投げ出された。
 ふと気が付いて、見上げると白っぽい天井があった。どうやら病院らしかった。頭でも打ったのかズキズキ痛むうえ、霧の中にでもいるように、ボンヤリ視点も定まらない。また目をつむると、ホルマリンの臭いが鼻を刺激し、誰かがもらす苦痛の声やあわただしく出入りする医者や看護婦の足音が遠くの方で響いていた。バスの中の荒井さんの顔が浮かび、松木耕策の顔が重なった。荒井さんはどうしたのだろう、という考えが脳裏を過(よ)ぎったが、瞬間、心臓が締めつけられるようになり、ふっと意識が遠くなってしまった。ご臨終ですという医者らしい男の声を聞いたように思った時、ガンガン耳鳴りに似た音を聞きながら真っ暗な溝のようなところを上昇していった。
つづく

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